「七海。四ノ宮。今いいだろうか?」 教室後方の聖川に呼ばれ、春歌が返事をしながら振り返る。揺れた後ろ髪に手を伸ばしかけて俺は、自嘲めいたため息を零す。 「砂月くん?」 彼女は耳がいい。黙殺して眼鏡に手をかけた俺に小首を傾げて、 「眼鏡を外してしまうんですか?」 と聞いた。 「良く見え過ぎて、慣れねぇ。」 そういうものなのか、と頷く春歌の髪がまた揺れた。窓から差し込む西日を受けてきらきらと輝く様は眩しい。くっきりと認識される細い髪と、仄かに香るシャンプーの匂いから顔を背けた。 「それに、」 春歌は俺の態度にさして気を留める様子もなく、じっと俺を見上げて言葉を待っている。親鳥を慕うひよこを連想して、ますます顔を見れなくなった。この小動物め。 「あいつらは眼鏡の有無で、俺と那月を見分けるだろ。」 「優しいですね。」 「那月だと思われてベタベタされるのが、鬱陶しいだけだ。」 くすくす。と笑みを零し、歩き出す俺の半歩後ろを付いて来る。――彼女の笑い声は耳に心地良い。 「眼鏡があっても、皆さんは見分けられますよ。」 冬の弱々しい光が、穏やかにそう告げる彼女を照らして、 「試してみるか?」 視線の先には、代わり映えのしないメンバーがいる。 那月が愛して止まない輪の中に俺は、眼鏡をかけた状態で足を踏み入れた。 「よし、全員揃った!」 一十木がにこーっと笑って、 「マサ、開けていい? 開けていい?」 机上の巾着袋に手をかける。 「マサやん、いいの? 自分で配らないで。」 腕を組んだ状態で、渋谷が聖川をちら、と見遣るが、彼が言葉を発するより早く一十木が、袋をひっくり返した。
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思ってたよりもすすまなかった。
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