やっとこさ。
目がチカチカします。 私は何度か瞬きをして、 パソコンのディスプレイとのにらめっこから一時休戦。 ぐーっと背中を伸ばして、 打ち込みでうまくいかないのなら、と ピアノの前に腰掛け、鍵盤を叩いてみますが これもまたうまくいかず。 「これが、スランプというもの、でしょうか。」 こぼした声は、ため息によく似ていました。 集中力もすっかりきれてしまって、 ぐるりと部屋を散歩する、ささやかな気分転換を試みます。 ドアを開けて寝室を覗き込み、 起きたその時のまま何も変わっていないことを見てとって ドアを閉める。 バスルームにひょっこり顔を出して 水と石鹸のかすかな香りを感じる。 キッチンに立って、冷蔵庫の中身を確認。 今日の夕飯は何にしましょう。 ゆったりとした足取りで、 一人暮らしにしては随分と広い居城を巡るのは 鬱々とした気分を晴らしてくれます。 居間にあるソファに座って、 CDラックが目に止まり、 ぽん。と手を叩きます。 「那月くんの歌をかけましょう!」 ファーストシングルは サンプルでいただいたものと、 お店に並んでいたのをつい、感動して買ってしまったものと 2枚置いてあります。 手にとって、ケースを開けば 歌詞カードに挟んでいた写真が目に入りました。 購入時に、初回限定店頭特典として プロマイドもいただいたんですよ。 那月くんがテディベアさんを抱きかかえています。 この子は那月くんの部屋でお会いできる子達の中では 一番大きいんです。 学園内のスタジオまで連れて行った時の話を思い出して くすりと笑い、 眩しい笑顔の恋人に、つられて笑顔になる。 「アイドルって、すごいですね。」 ファンの心をこんなにも明るく照らしてくれる、 とびきり眩いお星様です。 音楽プレイヤーにCDをセットして、 イントロのヴィオラの音が部屋に満ちる。 鼻歌でメロディをなぞって、 那月くんの歌声が入ったタイミングで、聴くことに集中します。 一周目は、那月くんの愛をいっぱい感じて 恥ずかしいけれど浮かれてしまう、ふわふわした気分で 二周目からは、ちゃんとお仕事モードで。 自分が作った曲に想いが宿る。と言えばいいのでしょうか。 生まれ変わった音の世界に顔を引き締めて 楽譜をもう一度、手にする。 ペンを走らせる。 那月くんのパートナーである、私にしかできない音がきっとある。 そう信じてやる他ないんです。
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